「屋島」なんとなくこんなストーリー |
(前半) 春の夕暮れ、四国・屋島の浦にて。 旅の僧(ワキ)とその従僧(ワキツレ)が一夜の宿を求めて、とある塩屋(塩を作る小屋)を訪れました。そこへ、塩屋の主人らしき老人(前シテ)と若い漁夫(ツレ)が一日の労働を終えて戻ってまいりました。 「申し訳ないですが、私たち旅僧に一夜の宿をお貸しくださいませんか。」 老人は、この塩屋はあまりに見苦しい所なので貸すことはできないと断りました。しかし、旅僧たちが都の人であると聞いて宿を貸すことにし、塩屋の中に彼らを招きました。 どうやら、老人は都には想いいれがあるようでした。 「ところで、昔ここであった合戦のことなどお聞きしたいのですが。」 旅僧は、僧としてこんなことを聞いてもいいものかなと思いましたが、おもいきって老人にお願いしました。すると、老人は旅僧たちの前に腰をおろして、源平の屋島の合戦の様子{源義経の立派な大将ぶり、景清と三保谷の錣引き、佐藤継信と菊王丸の最期など}を詳しく語りだしたのでした。 (不思議なお方だ。あまりに色々知っている。ただの漁師とは思えないなあ) 旅僧はそう感じたので、老人に名前を尋ねました。老人は「修羅道の苦しみの時刻に名のります。よし常の憂き世の夢」と言いながら、その場を立ち去ってしまいました。 |
(ここで中入) しばらくして、塩屋の戸が開き、男(アイ)が入ってきて、不審な顔でこう言いました。 男 「あなた方は、なぜここにいるのか。誰に断ってここに入ったのですか。」 僧 「塩屋の主人のおじいさんが宿にと貸してくれたのです。」 男 「何を言っているのですか!主人は私です。勝手に入られては困ります。」 旅僧、ピンチ。さっきの老人は主人じゃなかったのだ・・・ 僧 「えっ、そんな、本当ですか。ここは、とにかく・・・そうそう源平の合戦があったと 聞いていますが、詳しく教えてくださいませんか。」 なかなか落ち着いた旅僧です。 男 「合戦のことですか、私が知っていることといえば・・・」 ということで、塩屋の主人という男は{那須の与一が扇の的を射た話}など身振りを交えて語ってくれました。 僧 「いやーっ、実をいうと、さっきの老人が合戦のことに詳しくてね。まるで、その場 で戦っていた人のように話してくれたのですよ。{よし常の憂き世の夢}と言って、 出ていったのですけれど。」 男 「それは、めちゃくちゃ不思議なことですね。きっと、その人は義経の幽霊ですよ。 そうだ、しばらくここに留まってみて下さい。そうしたら・・・」 僧 「ええ、しばらくここに留まって、お経を読んでいます。義経の幽霊にまた不思議と 会えるように思います。」 男 「そうして下さい。塩屋はお貸ししますよ。」 そう言って、本当の塩屋の主人は帰っていきました。 |
(後半) 「本当に不思議な老人だったな。{よし常の憂き世の夢}か」 などと言いながら、いつの間にか旅僧たちは、うとうとしかかっていましたら、明け方近くだったでしょうか。旅僧たちの眼の前に、鎧兜姿の勇壮な武将(後シテ)が現れました。 「もしや、あなたは!」 武将は、自分は義経の幽霊ですと名のると、成仏できずにいつ身を嘆き、この世への執心の深さ、そして合戦でのことを、旅僧に語りだしました。 「思い出すことだ。あの日、この岸で、弓を落としたが、敵の船の近くまで行き、弓を取り戻した。弓が惜しかったのではない。自分に運があれば、ここで討ち死にはしない。そう考えての行動だった。智者は惑わず、勇者は恐れず。」 その時!再び、修羅道の苦しみのときがやってきたようです。 矢を射当てたときの叫び声で、あたりは震動しています。 「敵は能登守教経であるな!」 打ち合い刺し違える船戦の攻防が、旅僧たちの眼の前で再現され、義経は激しく戦います。 しかし、春の夜は波の上から、次第に明けていきました。いつの間にか、義経の姿は消えて、敵と見えていたのはカモメのむれ、戦いの声と聞こえていたのは実は浦風であったようです。夢から覚めた旅僧に高松の朝の風はさわやかに吹いていたのでした。 (文責:映) |