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今回は、ワキが右近の馬場へ来て、思わず口ずさんだ和歌 見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめ暮さむ 在原業平朝臣 『古今和歌集』巻第十一 恋歌一 をとりあげます。 この和歌の詞書には 右近の馬場の引折の日、向ひに立てたりける車の下簾より、女の顔の、ほのかに見えければ、よむで遣はしける とあります。 右近衛府の馬場の引折の日に、ふと簾ごしに見た女性に送った和歌です。 引折とは、5月6日の右近衛府の真手結(まてつがい)の日(宮中恒例の騎射試合)といわれていますが、はっきりとはわからないようです。 和歌の内容は、 全く見ていないのでもなく、ちゃんと見たわけでもない。 それなのに、簾ごしにほのかに見えたあなたが恋しくて、わけもわからず、今日一日物想いにふけって過ごすことでしょう。 というものです。 現在のように、男女が堂々と顔を合わせる機会がない時代のこと。 簾越しに見た人に心を奪われてしまうこともあったのかもしれませんね。 ちなみにこの和歌に対する返歌も残っています。 返し 知る知らぬ何かあやなく分きて言わむ思ひのみこそしるべなりけれ よみ人しらず 和歌の内容は、 知っているとか知らないとか、どうしてわけもわからずにわざわざ区別しておっしゃるのでしょうか。そんな必要はないのです。あなたが恋い慕うというその真実の思いこそが、道しるべになるのですから。 何かと理由をつけて考えているぐらいなら、あなたの一途な思いを道しるべにしてたどってきてほしい、という女性の思いがこめられている和歌だと思います。 このやりとりは『伊勢物語』第99や『大和物語』166段にも載っています。 ただ『大和物語』では、返歌が「見も見ずも誰と知りてか恋ひらるるおぼつかなさの今日のながめや」となっています。 |
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右近の馬場は北野天満宮の一の鳥居から東門に至る細長い地域で北野天満宮の境内の一部となっています。 大同2年に開かれ、右近衛大将であった菅原道真公が好まれたので右近衛府の馬場、俗に右近の馬場と言われました。桜狩りが行われた桜の名所でもありました。 なお、「右近」のシテの桜葉の神は、末社に祀られています。 (文責:とりあ) |