今月の特集曲

今は那須野の殺生石

諸国を巡り修行中の道人、玄翁。
あるとき奥州におりましたが、都に上ろうと思い立ち
下野、那須野の原を通りがかりました。
すると、たった今まで空を飛んでいた鳥が、ある石の側までくると
ばったりと落ちてくるという光景に出会います。
不思議に思っていると一人の里の女が現れ、
その石に近づいてはならないと告げました。
「その石は殺生石と言って、触ると命を落とすといいます。
 早くお立退きなさいませ。」
「何故、石がそのような殺生をいたすのでしょう」
そして、里の女はその謂れを語って聞かせました。

昔、宮中に玉藻の前というそれはそれは美しい女性がおりました。
和漢詩歌管絃にいたるまで、知らぬこととてなく秀でておりましたので、
鳥羽院もたいそうご寵愛でございました。
ある晩、院が管絃の宴をおひらきになられたときのことでございます。
秋の末。月も照らさぬ宵の空に雲がたれこめ、風が出て参りました。
御殿の燈は吹き消され、あたりは闇。
人々が慌てて紙燭をかざし、様子を伺っておりますと、
なんと、玉藻の前の身から光がさし、その光は清涼殿を照らしているではありませんか。まさに月の輝きのようでございました。
しかし、それ以来、帝は病に臥せってしまわれたのでございます。
そこへお召しになられたのが、陰陽師安倍泰成さまでございました。
泰成さまが申されますには、
「これは偏に、玉藻の前の所為なり。調伏の祭あるべし。」
これには、帝のお心も覚め、化生のものであると正体を見破られた玉藻の前は、
宮中を逃げ出し、この那須野の原に果て、その魂魄がとどまりましたのが
この殺生石でございます。

「そのように詳しく語ってくださる、あなたは一体・・・」

今は何をかつつむべき。
私こそがその玉藻の前。
夜になりましたら、懺悔の姿を現しましょう。
恐れずお待ちくださいませ。

そうして女は石の中へと消えていきました。
後に残された玄翁は、女の成仏を祈るため、石に向って供養をはじめました。
やがて引導をわたすと
どうしたことでしょう。
石は真っ二つに割け、眩しい光が放たれました。
その光の中から、野干が現れ、玄翁に語りかけます。

我はその昔、天竺では班足太子の塚の神、
大唐にては幽王の后褒似となって世を乱し、
今朝では鳥羽院の寵姫、玉藻の前となる。
もう少しで、鳥羽院の命を取れたものを、安倍泰成の祈祷に敗れて
この野まで逃れた。
その後、三浦の介、上総の介、の二人に狩られ、ついに射伏せられ討たれたが
この身は露と消えても、その執心はここに残り、
殺生石となって、今まで人を殺めてきた。
今宵、思いがけず供養を受けることができた。
これより後は二度と悪事をしないと誓おう。


玄翁と固い約束を交わし、その姿はまた闇へと消えうせてゆくのでした。


(文責 くり)

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