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摂津国(大阪府)阿倍野の辺りに住み、市に出て酒を売っている男がいた。そこへ毎日のように、若い男が友達と連れ立ってきて、酒宴をして帰る。 今日もその男たちがやって来たので、酒売りは、「今日こそは名前を聞いてやろう」と、月の出るまで帰らぬように引きとめる。 男たちは、酒をくみかわし、白楽天の詩を吟じ、この市で得た友情をたたえる。その言葉の中で「松虫の音に友を偲ぶ」といったので、その訳をたずねる。 すると1人の男が、次のような物語をはじめる。 昔、この阿倍野の原を連れ立って歩いている二人の若者がいた。その1人が、松虫の声に魅せられて、草むらの中へ分け入ったまま帰ってこない。そこでいま1人の男がさがしにゆくと、先の男が草の上で死んでいた。死ぬときは一緒にと思っていた男は、泣く泣く友の死骸を土中に埋め、今もなお、松虫の音に友を偲んでいるのだと話し、自分こそその亡霊であると明かし立ち去ろうとする。 そして虫の音を聞いて「私を待っている声だ」と漏らす。 本来、心ない虫の音。 酒売りは、不思議に思い「私を待っているとは」と問う。 「虫だって偲ぶ友が待っているのですから、昔から和歌にも詠まれているのです。さあ行って弔いましょう」と言い、男は去っていった。 酒売りは、やって来た土地の人から、二人の男の物語をきく。 二人の男は、もとは大和に住んだ。難波に出たのも一緒で、春は花見、秋は月見とどこに出かけるのも二人だった。 そこで、その夜、酒売りが回向をしていると、かの亡霊が現れ、回向を感謝し、友と酒宴をして楽しんだ思い出を物語り、松虫の声に興じて舞を舞う。 いつしか難波寺の鐘がなり、亡霊は「さらば」と別れを告げる。後には松虫の音が残るばかりであった。 (文責 ヒロ☆) |