今月の特集曲

「「鞍馬天狗」は何処からきたの

花見のシーンでは、きらびやかな子方がぞろぞろ。
アイ狂言では、子天狗達がキュート。
そして、後シテの豪快さ。
しかも、何といっても、ツレは牛若丸。
人気者やし、わかりやすい。
5番目ものの王道をゆくような「鞍馬天狗」だが、作者は不詳。

源九郎判官義経、牛若丸、紗那王。
「判官贔屓」の言葉があるように、日本人は義経好きである。
芸能の世界には義経を題材にしたものが数多くある。
奇抜な策で武勲をあげ、栄光をつかみかけながらも、事態は急転直下。
追う身から追われる身となり、滅ぼされた彼の人生が、庶民のハートを掴んだのであろうか。常磐御前の美談に始まり、鞍馬での稚児時代、弁慶との出会い、奥州への旅路、静御前との恋愛、果ては平泉から実は逃げ延びていたという説まで、諸説紛々。
まあストーリーテラーのつつきどころ満載ではある。

「鞍馬天狗」の典拠のひとつとされているものの中に
幸若舞曲「未来記」というものがある。
こちらの牛若丸は、自らすすんで兵法修行のために、夜な夜な山中を駆け巡っているという設定。ある晩、山の天狗達がより集まって、「自分達の棲家で勝手に暴れられるのは困るから罰をあててやろう」という話しあいをしていた。ここで登場するのは愛宕の太郎坊。
「無法に暴れてるわけではなく、親の敵打ちの為の修行だから」と牛若をかばうと、比良の天狗もこれに助け船をだし「加勢して親の敵をうたせてやろう」という話しにもっていく。かくして、代表の天狗が山伏姿で牛若のもとを訪れ、ついておいで、ということになる。牛若はただの山伏ではないことを見破り、大人しくついていく。連れていかれたのは花々が咲き誇り、珠玉をつらねた立派な建物。牛若が到着すると、宴がはじまり、さまざまな食べ物、踊りでもてなされる。やがて、老僧が現れ、自分達は未来を見ることができると告げ、平家の滅ぶ様子を次々に語ってゆく。清盛、重衡、宗盛と続き、源義仲にまで話しは及び、最後に、牛若に向かって「兄に憎まれたもうな」と注意を促すと、宴の席も僧達も、かき消すように失せてしまった。牛若は僧正ケ崖(ここでは谷ではない)の松の枝に腰掛けた状態だった。あれは、天狗であったのか、と牛若は気づく。
という話し。
こちらとしては、歴史を知っているだけに、滅亡のあらすじをなぞっているだけの話しに対して「だから?」と思ってしまうのだが。

もう一つは 御伽草紙「天狗の内裏」。
鞍馬寺で学問に励み、毘沙門天の再誕とまで言われた源(牛若丸)。
ある日、ふと「こんなことではいけない。親の仇を討たねば」と一念発起。
鞍馬山中には天狗の内裏があるという。是非そこを尋ねてみたいと思いたち、来る日も来る日も探しまわったが、みつからない。このうえは毘沙門天に祈願しようと、水垢離をし、お堂に篭って必死に祈っていると、明け方の夢に毘沙門天が出てきてお告げをする。お告げに従いやっとのことで天狗の内裏にたどりつくと、そこには大天狗がおり、源のことは承知していた。大天狗に言われて源のお相手をするのは 愛宕の太郎坊、比良の次郎坊、高野の三郎坊、那智の四郎坊、神蔵の豊前坊。そこへ駆けつけたのが筑紫の彦山で双六をして遊んでいたという大唐のホウコウ坊、天竺の日輪坊。二人は余興に様々な神通力をみせ、また先の5人が兵法を見せる。源はもともと兵法を学びたかったので大変喜んだ。

長い山での生活、目覚しい活躍、八艘飛などの逸話が、義経には人間外のものが見方しているとの発想を生んだのであろうか。
この他にも、典拠と考えられる話はあるのだが、いずれもが「親孝行(仇討)のため」
「源氏の高貴な血筋のため」という大義名分的な理由で、天狗が味方についているのに比べ、謡曲「鞍馬天狗」においては、沙那王と天狗の個人的な交友関係、そこにちょっとプラスされてる恋心が重要なポイントとなっている。
義経人気というよりは、
歴史を左右する源平合戦に、個人的感情で力を貸してしまう、人情味溢れる天狗の魅力が、ひいてはこの曲の魅力となって、今もなお人気曲となっているのかもしれない。

※ ちなみに「天狗の内裏」。
この後の話しの方が長い。
大天狗の奥さんが実は人間界からさらわれてきた姫様だったり、
義経のお父さんの源義朝が、生まれ変わって大日如来になっていて(なんでやねん!) 
その、父に会いにいくために地獄を見てまわったり、
いろいろあってやっと親子の名乗りをした父は、大悲大慈の大日如来様になってるくせに、「平家に経なんかいらないから討て」とのたまい、
未来のことまですっかり話して聞かせてしまう始末。いいのかそんなことで。
義経自身のことについては、
実は前世ではお兄さんの頼朝はライチョウという旅僧で、義経はその笈の中で飼われていた鼠で、一緒に旅をした功徳で人間に生まれかわれたんだけど、鼠だったときに、笈の中で大切な経文を齧った罪で、志し半ばで奥州で倒れる、と。
さすが 御伽草紙、な話なのであった。

(文責:くりこ。)


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