今月の特集曲

旅僧、「熊坂」を語る

私は旅の僧。世俗に嫌気がさして出家したが、もっとクールになりたいと考えた。
そして、住み慣れた都をあとに、旅に出た。東へと。

今、私を呼びとめる男があって、美濃の赤坂にいる。
どういう訳か知らないが、その男は私に弔ってもらいたい者があると言う。
その男、僧の姿をしている。なぜ自分で弔わない・・・。おかしな話だ。
まあ、そんなことはどうでもいい、私には関係ないこと。
しかし、名前も明かせないという古墳の主とは誰だ・・・。不思議な話だ。
いや、もっと不思議なことは、その男の庵だ。仏間というのに、木像のひとつもない。
かわりに部屋中にはぎっしり、おびただしい数の武具。
いかに、周辺の宿場に盗賊が多く、旅人を助けるためとはいえ、僧の庵とは思えない。
「物騒なやつ。訳ありだな」 
そう考え、振り返るとその者の姿はなく、あたり一面秋風吹きすさぶ平原に私はいる。
幻が、何かの術中にはまっているのか。

呆然としている私に通りがかりの所の者が言う。
「昔、この辺りで熊坂長範という大盗賊が、金売吉次の一行を襲ったが、
一行の中にいた牛若丸に討たれ命を失った。その男は、おそらく熊坂長範の霊であろう。」
私は夜通し、松の木の下で仏事を行う。すると、熊坂長範の亡霊が姿を現わした。

熊坂は言う。金売吉次を襲って宝を奪いたいと考えた。
国中の腕達者の賊を七十余人集め、赤坂の宿で襲わしたが、牛若に多くが斬り伏せられた。
そこで自分の出番である。
しかし、大長刀や太刀で挑むが、勝つことができず、手で捕まえることもできない。
翻弄された上、重い傷をうけ、次第に力弱り、ついに、この松の下で果てたのだ。

夜明けとともに、熊坂の亡霊は姿を消した。
無念だったな、熊坂。これもお前の天命ということだ。
そして、牛若こそ本物。最高にクールな男だ。

私は旅の僧。ただ東へとむかう。


(文責 映)

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