今月の特集曲

「海士」の内容
海士のお話

昔、藤原房前という若者がいた。
13才の時、母のふるさと讃岐の国志度の浦を訪ねることにした。
母について何も知らない房前であったが、
臣下のものより、母の出身地だけは聞いていた。
母がどのような人だったのか…。
臣下の様子から推察するに、恐らく身分の卑しい海女だったのではないか。
そうだとしても、母の恩に報いるため、
その地で亡くなった母の追善の供養をしようと思ったからだった。

讃岐の国志度の浦に到着した房前一行の前に、
遠目には男女の区別がつかないひとりの里人が現われた。
一行はその者が近くに来るのを待つことにした。
それはひとりの海女であった。
従者が話しかけた。
「この地の海女であるならば、水底の海松藻を刈ってくれぬか。」
この言葉に端を発する一行との問答の末に、
海女は昔語りを始める。
それは房前の母の最後に通じる、海女の玉とりの話であった。
海女は一部始終を静かに話し終えると、
「実は私はあなたの母なのです。」と素性を明かし、
回向を請うて、波の底へと消えてしまう。

房前が母のために追善のお供養をしていると、
やがて、龍女となった母が現われる。
法華経の功力により成仏できたと喜び、
その功徳をたたえる。
そして、志度寺は法華経の法会が頻繁に行われる寺となり、
仏法繁昌の霊地となるのである。


「玉の段」あらすじ
あまりいないかもしれませんが、
海女の昔語りにつきもう少し詳しく知りたい人のために…。


能楽「海士」玉の段
あらすじ

房前一行の前に突然現れたひとりの海女。
一行との問答の末に彼女が語り出した昔語りとは、
次のようなものであった。

先の大臣藤原淡海公の妹君は、唐土高宗の后となられた。
その縁で、藤原氏の氏寺である奈良の興福寺に三つの宝が送られることとなった。
中でも、特に珍しかったのが面向不背の珠であった。
しかし事もあろうに、その珠だけがこの志度の浦の沖で竜宮に奪われた。
その大切な宝の珠を竜宮から奪い返すために、
淡海公は自ら身をやつして、この地に下られた。
そして、この地の海女の娘との間にひとりの男の子を設けたのである。

やがて、その海女は息子を淡海公の後継ぎにするという約束を得て、
面向不背の玉を奪回すべく、竜宮目指して海に潜る決意をする。
海女は、一ふりの剣を持ち、千尋の縄を腰に結えた。
「もしもその宝の玉を取り返すことが出来たなら、私はこの縄を動かします。
 どうぞ船上にいる方々は、縄を引き私を海上に引き上げてください。」

そう約束し、海女は海に飛び込んだ。
そして、海底を目指し、どこまでもどこまでも潜っていった。
不安になりながらも泳ぎつづけた海女は、
やがて竜宮に辿り着いた。
その中の様子を伺ってみれば、目的の玉は確かにあった。
高い宝の塔の上に、その玉は置かれていた。
しかしその周りを八人の竜王が守っている。
獰猛そうな魚や鰐もいる。

「この様子ではとても生きては戻れまい。」
波の向こうにいる息子や大臣を思い、別れ難さに涙する海女であったが、
思いを断ち切るように志度寺の観音様に手を合わせると、
一気に竜宮へと飛びこんでいった。

突然の侵入者に、竜王たちは混乱した
その隙に、海女は目指す玉を手に取り、懸命に逃げる。
しかし逃げおおせるものではない。

海女は、携えていた剣で一気に乳の下をかき切った。
その傷口に宝の玉を押しこめ、剣を捨てて身を伏せた。
竜宮のものが死人を忌み嫌うことを知っていたので、
万が一の時のために予てより考えていたことであった。
思惑どおり、海女に近づくものはなく、海女は約束の綱を動かした。

船上の人々は喜んで、綱を引き上げた。
しかし海上に浮かび上がった海女の体は真っ赤な血に染まっていた。
宝の玉もどこにも見当たらない。
大臣は嘆き哀しんだ。
その時、息も絶え絶えに、海女が申し出る。
「私の乳房のあたりをご覧ください。」
確かに剣で傷つけられた深い傷があり、なんとその中に宝の玉が納められていた。

海女の生んだ男の子は、大臣とともに都へ帰った。
そして淡海公の後を継ぎ、房前大臣となっておられる。

(文責:雲井カルガモ)

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